2011年11月7日月曜日

某大学の学園祭を覗いてきました

天気の良い週末に、とある大学のキャンパスにて学園祭が開催されていました。模擬店の様子を写真に収めましたが、皆さんさすが商学部生だけあって売り方にも工夫を凝らして、早くも商売人の卵と化しています。半ば強引な客引き行為のようなことも見受けられますが、まぁ皆さん身内の祭りですのでワイワイやっていて楽しそうです。
この様子を校舎の2階バルコニーからしばらく眺めていたのですが、こんなに楽しそうに商売している学生達も、就活の季節には一体どのようになるんだろう?と非常に寂しい感情が込み上げてきます。文部科学省の調査結果では本年度4年制大学卒業者の就職割合は61%程度(計算上の一例)との結果も出ているというから大変な状況にあります。更には最難関試験を勝ち抜いてきた弁護士や公認会計士でさえも、大勢が就職難民と化しているとか。

解決策などというものは簡単にはないのでしょうが、少なくとも自分自身のことは自分自身で解決しなければならない時代になったことは間違いないことですね。これまでは社会全体の仕組みとして就職の機会が「与えられ」てきた感がありますが、これからは自分で「取りに行く」、或いは働く場を「自分で作る」という感覚が必要なのですね。長期的に見れば学生個々人の意識が高まり人材の底上げが期待できる側面もあるかも知れませんが、非常にハードルの高い要求になりますよね。
我が子も正にこのような時代に社会デビューしていく訳ですが、親として出来ることは何なのか?まずは子供の思いをしっかり聞くことかも知れません。我々の時代とは色々なものが全く異なっているので、いくら親の価値観を述べたところで馬耳東風。ぐっとこらえてじっくり話を聞く・・・。残念ながらこんなことくらいしか浮かばない。
注意しなければいけないのは、このような統計数字はあくまで全体論であること。本人にとっては就職するかしないかの100%か0%しかないのですから、あくまで本人のやる気次第・・・っていうことになりますかね。

2011年11月4日金曜日

町医者の存在に改めて感謝。さすがプロですね。

先日、珍しく風邪をひいてしまいました。普段めったに風邪などひかないのですが、何となくフラフラするのと胸の辺りがチクチクと針で刺すように痛むので怪しいなとは思っていました。極めつけは仕事帰りに軽く一杯飲み屋で引っ掛けただけなのに、妙にフラついて帰宅と同時にノックダウンしてしまったので止む無く近所の医院訪問となった次第です。
当日は昼前に医院に電話したところ、目当ての医師は午前中のみとのことで早々に支度し何とか午前中に医院へ。少々待っただけで早速問診。医師から「どうしたの?」と聞かれ、先程の症状を簡単に説明。すると、「胸が痛むのは帯状疱疹か風邪かだな。」と。「痛み出したのはいつ頃から?」と聞かれ、「2~3日前から。」と回答。すると、「帯状疱疹なら既に皮膚表面に疱疹が出ているはずだから帯状疱疹ではないな。」と。次に「口を開けて。」と口を開けるとペンライトで喉を照らし、「あ~、赤くなってるわ。リンパ腺が炎症を起こしてるね。」
次に胸を見せるように言われシャツをめくりあげると聴診器を当て、「普通に呼吸して。」と2~3回呼吸すると、「いい音してる。肺炎も起こしてないし水も溜まっていない。」
・・・で、診断結果は「風邪」。解熱剤と鎮痛剤と風邪薬を貰い、「2~3日で完治するはずだよ。」で一件落着。
この間ものの3分程度。しかも高度な医療器具など一切使わず全て医師の目と耳と手で診察。少なくともレントゲンは撮られるだろうと思っていたので、これには感動しました。
今、町医者への信頼性の不安もあってか、何でもかんでも大手病院に駆け込む患者が多いと聞きます。おかげで大手は超満員で町医者人気は下がる一方だとか。私は今回町医者に駆け込んで、町医者の良さが分かったような気がします。(1)とにかく早く見て貰える。(2)症状をしっかり聞いて適切な診療をして貰える。(3)むやみに高度医療器具を使用しない。(4)診療費が安い。(5)何よりも医師が親切。等々。
(2)・(3)・(5)は大手とも共通するかも知れませんが、町医者には独特の良さがあるのは否めませんね。

非常にプライベートな報告でしたが、また新たな発見があり大変満足しています。

2011年11月2日水曜日

平和の有り難みと人々への畏敬と感謝

今日は麹町~国会議事堂ルートです。
麹町交差点付近に以前より気になっていたモニュメントがありました。新宿通りにはこのようなモニュメントが各所に展示されていますが、写真は「そよ風」と題したモニュメントです。小学生くらいの女児と男児でしょうか。二人仲良く手を繋いで遊んでいます。私もそれなりに年齢を重ねたせいか、目の前を通り過ぎる子供たちの健気な様子を見ると、実に可愛く幸せな気分になります。子は宝と言いますが、本当にそう思います。現在のこの平和な日本社会にはしみじみ有難さを感じています。(震災等の不幸もありますが総論として・・・。)

今私は「きけ わだつみのこえ」という戦没学生の手記を読んでいます。たまたま愛読している雑誌に紹介されていたので購入しました。初版は今から60年も前に発刊されたのですが、その後改定を加え新刊として日本戦没学生記念会から再発刊されています。
以前、沖縄にある知覧特攻記念館に行ったことがありますが、ここでは終戦を間近にしながら若い命が海上に散って行く無情さを嫌でも目の当たりにします。特に特攻隊員(まだ10代の若者が大勢)が出撃前夜に親宛てに出した手紙が数多く展示されていますが、どれも最後まで拝見することは私には出来ませんでした。まだこれから学問を学ばんとする若者(子供と言った方が近い)が国家を思い無情にも散って行くことに深い悲しみと畏敬の念を覚えます。「きけ わだつみのこえ」は、その彼等とは些か環境が異なり最高学府を卒業或いは中途で入隊し、幹部候補生として戦場に散って行った20代の方々の手記です。東京大学や京都大学を中心に医学部・法学部の学生達の手記がたくさん記されています。本来なら将来国家の要職に着き国政を動かしていく方々なのだろうと思うと実に残念でなりません。手記の内容も実に立派で、自身の置かれている現状を冷静に客観的に見つめ、この戦争に対するその後の見通しなども予測出来ていながら使命感との間で葛藤を続ける様が如実に表わされています。でもまだ20代の若者ゆえ、親兄弟や恋人への思いが切々と述べられているくだりもあり、誠に心痛ましい思いと、最後まで自身の尊厳を貫き通した彼等に対する畏敬、また感謝の念が沸々と込み上げてきます。

今、世界ではあちらこちらで戦争が続いています。この日本もいつまた戦争に関わることになるか、平和の保証は永遠ではありません。先の大戦で国家のために死力を尽くされた方々の思いに応えるためにも、我々自身、子孫のためにも二度と戦争には関わらないという強い信念を持ち続けなければならないのだと思いを新たにしています。また、日頃の生活においては、我々一人一人が何事に対しても「しらけず」、「老けず」、「他人事にせず」を心がけ、常に思いを熱く、積極的であることが必要なのだと思います。私も自身への戒めとしたいと思います。

2011年10月31日月曜日

毛ガニを捌いてみました。中々の出来栄えです。(^^)v

先日、御徒町の地元スーパーで買ってきた時に捌いてみました。
スーパーの一角に特売コーナーがあり、行商人が活毛ガニ1杯500グラムを1,300円で売っていました。早速北海道生活の経験を活かしじっくり品定め。みんな(カニが)おが屑の中でじっとしてます。そこを指先でチョンチョンと突っつくと、元気のあるカニはチョキチョキとハサミや脚を動かします。手に取り仰向け(腹を上)にすると、元気のないカニは脚がダラーンと開きます。元気なヤツはしっかりグーの状態です。次に太股の肉厚をチェック。親指と人差し指で太股を摘まむと、肉の薄いヤツは殻がパカパカ・スカスカします。う〜ん、今日のヤツは元気だし脚の身もしっかり入ってる。さて、肝心の味噌はというと、これはプロでも分からないと聞いていたので運に任せるしかない。
数分程度、行商人とやり取りしながら選りすぐりの2杯をゲット。早々に持ち帰り、ご覧の通り捌いてみました。味噌はたっぷり入っていて、色も黄金色して最高の鮮度と旨味がたっぷりです。茶褐色の味噌は幾らか苦味があって旨味も少ないように思いますので、今日は大当たりです。
捌き方は色々あると思いますが、私の場合はハサミを使います。詳細は省略しますが、
(1)カニの脚は身を取り出しやすいように縁の部分の片側を完全に切り取ります。そうすることで、身が崩れずそのままの形で取り出せます。
(2)爪は固いので、包丁の背かハンマーで殻を割っておくだけ。他に良い方法を知りません。
(3)胴体部分は、まず腹のふんどし(オムツのような所)に指を入れ甲羅を取り外します。この甲羅に味噌が沢山着いてます。
(4)次に裸になった胴体部分の不要な付属品(ヒラヒラしたエラのようなもの)を全てムシリ取り、綺麗になったところを包丁でど真ん中から縦に真っ二つに割ります。これで右半分と左半分に綺麗に別れます。味噌も贅沢に着いたままになるので、胴体部分はこれ以上捌かないほうがお勧めです。
(5)あとはカニフォークのスプーン部分で黙々と格闘してください。

普段、ムスッとして食事も美味しいんだか不味いんだか分からない表情の息子も、この時ばかりはやたら饒舌で表情豊かにこの北の幸を頬張っていました。傷だらけになった指先もこれで報われました。(^3^)/

今朝は乃木神社に参拝し石碑より誓詞を賜る

今日は青山一丁目ルートを選びました。慶応病院を横切ると神宮球場が現れます。以前ここを通った時は、ヤクルトスワローズがペナントレーストップを走っていたので威風堂々に見えたのですが、今朝はどうにも覇気のない佇まいに感じられます。リーグ2位ですからねぇ〜。( ´∀`)/~~
人間の感覚とは実に勝手なものですね。

外苑の銀杏並木はまだ深い緑色を纏っており、黄金色にはまだ時間がかかりそうです。ギンナンのお楽しみはしばらくお預けです。

ホンダショールームをウインド越しに眺めお気に入りのバイクを目で追うも見当たらず。もはや時代遅れになったのか。

乃木坂に差し掛かりました。いつもはまっすぐ六本木方面に向かうのですが、今日は旧乃木邸宅の角を曲がり、階段を下りて赤坂方面に向かいました。階段を下りた所に大きくて白が鮮やかな鳥居が構えています。
あぁ〜っ!ここが乃木神社か!!

実はこれまで旧乃木邸宅と乃木公園には何度も足を運びましたが、恥ずかしながら乃木神社には初めて参りました。とても地味な場所にあるので、これまで全く存在に気が付きませんでした。大変失礼しました。
ただ、さすが質素倹約を徹底されていた乃木将軍らしく、将軍を祀られた神社さえも地味であることに改めて感銘しました。深々と拝礼参拝を致し、石碑に刻み込まれた誓詞の一つ、「至誠一貫」の言葉を勝手に賜り、今日もまた一日、気持ち新たに頑張りたいと思います。

今朝方の曇り空も今はすっかり晴れ上がり、実に快適な通勤ウォーキングとなりました。

2011年10月29日土曜日

東京都北区の旧古河庭園を散策。ついでに上野。

ここは旧古河財閥の所有地の一つ。元々は明治の元勳陸奥宗光の別邸だったところを大正初期に整備が施され現在に引き継がれています。現在は東京都の所有になっていますが、狭い敷地の中に石造りの洋風邸宅や洋風庭園、そして日本庭園や和風建築など和洋織り混ざったユニークな空間を実現しています。

この季節は洋風庭園にて幾種類ものバラが見事に咲き誇っていました。主張の強い綺麗なバラも沢山ありましたが、私は個人的に写真のように真っ白で素直な感じのバラに惹かれます。

日本庭園では心字池を背に立派な雪見灯籠が腰を据えて睨みを利かせています。

奥の薄暗い林の中に小さな茶室がありました。中で茶を点てているようで人が集まっています。ちなみに私が定年後の独り暮らしを想定しているのは、このような小ぢんまりした茶室のイメージです。人が癒しを求めて気軽に集える場所って憧れますよね。

芝生の広場では何やらスペイン風の若い日本人女性がアコーディオンを弾いて聴衆を惹き付けています。私もしばしお付き合いさせて頂きました。小学校2年生位の時に父親からアコーディオンを買って貰い、よく町内会やら市のイベントで伴奏していたのを思い出します。

ちょうど昼時になりましたので、上野まで愛車で移動です。松坂屋の食堂で食事することにしました。ここは大型の駐車場が完備されているのでとても重宝してます。今日はちょっと奮発して懐石弁当です。

食後はアメ横でカバンでも物色しようかとも思ったのですが、面倒くさいので今日はこれで終わることにしました。

今日はちょっと写真の多いブログになってしまいました。雰囲気を少しでもお伝え出来れば幸いです。m(__)m

2011年10月27日木曜日

何とか次に繋がるゴルフが出来ました。(^o^ゞ

天気は快晴。雲一つない程の最高のゴルフ日和でした。風はフォローもアゲンストも程好くあり、グリーンも傾斜と芝目が共に強目で戦略性を要求される面白いコースでした。
遅くなりましたが、本日のコースは上総富士ゴルフクラブの西→南コースです。セルフカートでのラウンドにもすっかり慣れ、かえって気楽に回れて楽しいですね。
さて肝心の結果ですが、
(1)今日まで練習を全くやらず仕舞いでぶっつけ本番だった。
(2)二日程前から腰が痛くて今日も余程止めようかと思った程の症状だった。
(3)昨日の健康診断で飲まされたバリウムがまだ腸の中に残っていて気持ちが悪い状態だった。

以上のような悪条件の中、out(西)49+in(南)50=total99で何とか回りました。
最終ホールもティーショットでの宣言通りパーで回れましたので、次に繋がるゴルフになったと自己評価しています。(^^)v


帰りはいつも通り海ほたるで一時休憩。コーヒーブレイクです。途中、トイレに財布やカード類が入った小バッグを忘れ大慌てしましたが、無事そのままの状態で置かれていて何とか保護しました。久々に血の気が引きました。(@_@)

何を思ったか、海ほたるから横浜方面を撮影してみました。カメラの感度が悪いので綺麗に撮れていませんが、いつもの通りそれでいいんです。

ではこれにて。
明日からまたいい仕事が出来るように頑張ります。(^-^ゞ